トップ > 愛知県の伝承 > 豊橋市

西羽田の降札を迎えた伊雑宮百年祭

所在地愛知県豊橋市花田町(羽田八幡宮)
年代慶応三年(1867)七月二十三〜二十五日
登場羽田野敬雄、長七、清七、次郎兵衛、羽田八幡宮宮司・記録者、村役人、御祓が降った屋敷の主
出典ええじゃないか始まる

どんな伝承か

慶応三年七月二十二日、西羽田の次郎兵衛の前屋敷に伊勢の御祓が降ると、羽田八幡宮の宮司羽田野敬雄と村役人は、ちょうど準備していた境内の伊雑宮の勧請百年祭とあわせて祀ることに決めた。二十三日には北側・中郷・百度・西羽田・西町・西宿の村々から幟や提灯が寄進され、降った御祓は西羽田と百度の若者や子どもが住吉踊りで送り届けた。二十四日は御祓を八幡宮の廊下に飾って御鍬宮と同じ供物を供え、終日神楽を奏した。深夜の神事には村役人と四嶋の惣代十六人が羽織袴で臨んで拝殿で神酒を受け、一般の村人は広庭で樽を開いてふるまわれた。

地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))

『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。

種別から探す

御札降り羽田八幡宮住吉踊り御鍬祭神楽御鍬百年祭

豊橋市の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『ええじゃないか始まる』の伝承