八月一日に羽田村へ降った秋葉札
どんな伝承か
羽田八幡宮の宮司羽田野敬雄の『萬歳書留控』によると、羽田村では七月二十二日の御札降りを受けた祭礼が二十五日に終わったあと、八月一日に新たに三枚の御札が降った。うち二枚は秋葉の札、一枚は羽田八幡宮の札で、改めて祭礼が営まれた。この時も村役人と惣代が加わって神事を行い、その後に御神酒をふるまったが、氏子たちは広庭で頂くとあり、身分による隔てが引き続き守られていた。続いて下地や船町を皮切りに吉田の町中へ次々と札が降り、御神酒や甘酒、投げ餅、にわかなどで大いににぎわったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。