頭骨が転がっていた姥捨て山の石室
どんな伝承か
姥捨て山の石室は隔壁で二つに仕切られ、それぞれに窓が開いていて、人が座って写経をするにも足りる広さがある。だが昭和の初めまで、その一つには頭骨が転がっていたと山崎節雄さんが語っており、尾根そのものが姥捨て山と呼ばれてきたことも考え合わせると、死と切り離せない場所だったことになる。著者はこれを、入定の穴になぞらえた墓とみる。窪地に付いた風呂ノ谷という地名についても、ここには石風呂の跡がなく代わりに石室があるのだから、風呂の語源であるムロ、すなわち室の谷の意ではないかと説いている。
原典より
第2章 石風呂と焼き石湯京都郊外・八瀬の不思議八瀬は窯風呂の里でもあったいまも入浴できる重要文化財漂泊民の入浴法定住民も焼き石湯を沸かしていた第3章 山中深くで贋金をつくる—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年))
『村の奇譚 ― 里の遺風』は、民俗研究者の筒井功が平成三十年に著した民俗探訪記である。修験の里の石室、石風呂と焼き石湯、山中の贋金づくり、箕作りの集団や天幕部落、岩窟に暮らした非定住民、猿と猟師、氷室と風穴、産屋、墓制、安倍晴明の墓、狐憑きと犬神など、各地の村に残る習俗と伝承を、聞き取りと文献の両面からたどる。全十三章で、昭和三十年前後の高知市での見聞から説き起こし、「おわりに」では別の出版社で刊行が見送られた経緯を記す。