領巾を振った佐与姫と沼の蛇男
どんな伝承か
宣化天皇の二年、任那を救うため朝鮮へ遣わされた若い将軍大伴狭手彦は、肥前篠原の佐与姫と深く契っていた。別れを嘆いた佐与姫は山の峰に登り、沖へ出る船が見える間じゅう領巾を振り、船が霞に消えても立ち尽くして泣き、そのまま息絶えた。その悲しみは石になるほどで、後世には石になったと伝えられた。『肥前風土記』では、狭手彦の出征から五日後、狭手彦そっくりの男が毎夜佐与姫のもとへ通ってきた。怪しんだ姫が男の裾に麻糸を縫いつけてたどると、峰の頂の沼のほとりに、体は人で沼に沈み頭は蛇の姿のものが寝ていた。それは人となって歌を詠み、姫を連れて消え、沼の底には骨があったので峰の南に葬ったという。
原典より
宜化天皇の二年に、任那国が新羅国を攻めるというので、朝鮮の内戦に日本へ援助を求めてきた。—— 講座日本風俗史別巻 妖異風俗((講座日本風俗史 別巻)・日本風俗史・民俗) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
講座日本風俗史別巻 妖異風俗((講座日本風俗史 別巻)・日本風俗史・民俗)
『講座日本風俗史別巻 妖異風俗』は、『講座日本風俗史』の別巻として、複数の執筆者が妖しく異様な風俗を論じた巻である。淫祠と性の祭礼、戦後の新興宗教、性にまつわる迷信、妖術・忍術・奇術、憑きものと特殊家系、心霊術と催眠術、異類との婚姻、性と怪異の関わりを、古典の随筆や各地の報告、事件の記録から取り上げる。九つの章に分け、終章「日本妖異風土記」では関東から九州・沖縄までの怪異譚を地方別・県別に掲げる。