禁令も効かず四月まで続いた由良の踊り
どんな伝承か
丹後では、慶応四年に年が明けてから、加佐・中・熊野の各郡などでふたたび札が降るようになった。そのうち田辺藩領の加佐郡由良では、正月から人々が踊り始めた。代官が禁令を出しても少しも効き目がなく、踊りは四月まで続いたという。著者は、慶応四年の春まで騒ぎが続いた丹後・但馬・播磨の一帯を「ええじゃないか」の終わりの地域とみており、由良の例もその一つとして挙げている。
原典より
田辺藩領の加佐郡由良では正月から踊りはじめ、代官の禁令も効果なく、四月までつづいたという。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。