信濃の札降りの東限となった富士見村
どんな伝承か
信濃に入った札降りのうち、最も東で確かめられる例は、諏訪郡の富士見村で慶応三年十一月二十二日に札が降ったものだと著者は述べている。同じ段落には、諏訪地方では下諏訪で十一月十八日に騒ぎが始まって十二月上旬まで続き、上諏訪では十二月二十日ごろまで続いたことも記されている。
原典より
信濃における「お札降り」の東限は、諏訪郡富士見村の十一月二十二日の例になる。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。