抜いた刀を下ろせず踊った侍たち
どんな伝承か
東海道と中山道の合流点にあたる草津宿では、月日は不詳ながら皇太神宮の降下があった。折しも侍三十六人組が宿屋に泊まっていたところ、群衆が「ゑじゃないか」と唱えて大踊りをしながらその宿屋へ押し寄せてきた。侍たちは怒って刀を抜いたものの、振り下ろすことはできず、けっきょくは群衆とともに自分たちも踊りだすことになったという。この一件は内宮領中村の堀口芳兵衛が書き留めた「慶応伊勢御影見聞諸国不思議之扣」に見える。
原典より
東海道と中山道の合流点草津宿では、月日不詳だが皇太神宮の降下があったので、侍三十六人組が宿泊していた宿屋にも、群衆は「ゑじゃないかと云て大踊り」して来た。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。