草津宿で美しい上臈に化けた狸
どんな伝承か
中頃のこと、信州から容貌の美しい上臈女房が乗物に乗り、日本一の手書きだというので都へ上った。宿送りにされて草津に着き、大きな宿に乗物ごと座敷へ舁き込まれたので姿は見えない。主人が近づくと乗物を細めに開け、二十歳ばかりの女房が振りの手を差し伸べた。料紙を差し出すと伊勢物語の歌を二首書いて賜り、所の目代は宝であると褒めた。ところが宿の犬がこの乗物を見て激しく吠える。女房は犬を遠ざけよと言った。夜半、上臈が乗物を出た途端に犬が吠え、男が覗くと姿はなく乗物にも誰もいない。書かせた手を取り出すと悉く消え、馬の糞を並べたように墨だけがついていた。さてこそ狸の変化と知ったのである。
原典より
さてこの家に用心のために、大なる犬をかふたりけるが、こののりものをつく/″\く見てほゆるここたいならず、いかなる事にやこあるじ思ひてせごへ追ひいだしけれごもほゆるほごに、女ばうのたまひけるは、いかにあるじ。—— 動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年))
『動物妖怪譚』は、日野巌が大正六年に筆を起こし、大正十一年の跋と大正十五年の再記を添えて著した伝説の動物の研究書である。鬼・天狗・河童・人魚・雪女・龍・雷獣・狐・狸・獏・鯰・猫など二十六の項目を立て、記紀や万葉集から近世の随筆までの記事を原文の引用ごと示して起源と変遷をたどり、動物学の知識で正体を考える。總論で起原・歴史的変遷・分類などを論じ、結論では迷信から科学へ近づくことを説いて閉じる。