杵築神社に奉納された御蔭踊り絵馬
どんな伝承か
大和では、慶応の「ええじゃないか」を、文政十三年のおかげ参りのとき大和・河内ではやった踊りの名をとって「御蔭踊り」と呼んだ。その踊りを描いた絵馬が神社に奉納されており、磯城郡三宅村伴堂の杵築神社の絵馬には慶応四年九月十三日、同村屏風の杵築神社の絵馬には慶応四年九月吉日の奉納の銘がある。川西村結崎の糸井神社にも同じような絵馬が残る。絵には踊り手一人ひとりの名が書き込まれ、揃いの衣装で整然と踊る姿が描かれており、踊りの背後に村の若連中の存在がうかがえるという。
原典より
伴堂の絵馬には「于時慶応四戊辰年菊月十三日奉納連中安全」と書かれ、屏風の里の絵馬には「慶応四歳辰九月吉祥日屏風里氏子敬白」とある。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。