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川中島の弁天様と弁天橋の名

所在地埼玉県久喜市栗原
年代伝承(口承)
登場(類話)
出典久喜市史 民俗編――伝説・世間話

どんな伝承か

弁天橋の名は、弁天という寺の名から取ったのだろうと語り手は言う。宗旨のはっきりしない珍しい寺で、同じ流れの寺は久喜駅東口の煎餅屋の近くにあるものとここだけだといい、信者には関西から家を出て各地を渡り歩いた人が多かったと聞く。昔は川の中に島があって弁天様が祀られていたが、明治四十二年に久喜駅東口の寺へ合祀された。もとの橋は板を三本渡しただけの、やっと歩けるほどのものだった。昭和三十六年に岸の工事があり、幸手の業者が永久橋に架け替えたとき、名をどうするかとなって、昔から弁天橋と呼んできたのだからそれがよかろうと弁天橋に決まった。中の島は工事で埋め立てられ、幸手の側に入ったという。

原典より

弁天橋はね、弁天っていうお寺の名前からとったんでしょうけどね。—— 久喜市史 民俗編――伝説・世間話(久喜市(編)・久喜市史) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

久喜市史 民俗編――伝説・世間話(久喜市(編)・久喜市史)

『久喜市史 民俗編――伝説・世間話』は、久喜市の市史の民俗編から、伝説と世間話を中心とする節を収めたものである。御陣山公園の龍や大蛇、吉羽の天神様の池のヌシといった伝説と、狐やムジナに化かされた話、天狗や河童、人魂の話、明治四十三年と昭和二十二年の大水の話などを、話者の地区と頭文字を添えて載せる。世間話は動物・妖怪・化物、社寺・小祠等、事件・事象、その他に分け、続く民俗知識等では俗信を、土地の話では久喜という地名の由来の説を記す。

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弁天地名由来合祀橋

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