白狐が示した栗村堰の水路
どんな伝承か
坂下地方は水利が悪く荒地が多かった。栗村の笠松館にいた栗村弾正は、屋敷神の稲荷を厚く信仰し、村人を救うため堀を掘りたいと願を掛けた。満願の夜、白雲の中から白狐が舞い下りて鶴沼川のほとりに降り、雪の上を西北へ歩く夢を見た。弾正は夢中でその跡を追い、目が覚めると汗びっしょりであった。夜明けに川辺へ行くとまさしく狐の足跡があり、たどって行くと夢と同じ道筋で、振り返れば自分の足跡が川の形になっていた。弾正は稲荷のお告げと信じて着工したが、戦乱で中断し、曽孫の代にようやく竣工した。堰は栗村堰と名付けられ、延長一万三千四百メートル、七百八十ヘクタールが美田になったという。
原典より
むかし坂下地方は、水利の便がわるいために荒地が多くて、村人が生活するにはまことに難儀な土地であった。—— 会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史)
『会津坂下町史 1(民俗編)――伝説』は、会津坂下町の町史民俗編のうち、第二十章「伝説」を収めたものである。高寺山の黄金千杯、佐原・栗村の水田開発、交通路、空也・徳一、神仏、地名、雨ごい、狐、笑い話・逸話、妖怪変化、部落の起源、人物にまつわる町内の伝説を集める。冒頭で伝説の意義と自然・歴史・信仰の三分類を述べ、主題別の節に分けた各話の末尾に話者と、井関敬嗣・薄嘉明ら執筆者の名を記す。