供出された老杉と三年の疫病
どんな伝承か
江戸のころ、沖村の東の入口には枝を広げた杉の大木が立ち、人馬の行き来を妨げるほどだったという。坂下代官所から供出を命じられ、村人は惜しみながら斧を入れた。ところがまもなく悪い流行り病が村を襲い、三年のあいだ病まない者がないほど衰えた。相談のすえ村人は牛頭天王に、以後きゅうりを作らないと誓い、切り株の跡に植えた杉が大木にならぬよう芯を止めることもあわせて願い出た。すると病はやんだ。願をかけた当時に村を離れていた小林家だけはきゅうりを作り続けたと伝わる。今では村ぐるみで神事を営み、きゅうりも盛んに作られている。
原典より
旧幕時代のこと、沖村の東入口に杉の大木があり、人馬の交通に不便な程であった。—— 会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史)
『会津坂下町史 1(民俗編)――伝説』は、会津坂下町の町史民俗編のうち、第二十章「伝説」を収めたものである。高寺山の黄金千杯、佐原・栗村の水田開発、交通路、空也・徳一、神仏、地名、雨ごい、狐、笑い話・逸話、妖怪変化、部落の起源、人物にまつわる町内の伝説を集める。冒頭で伝説の意義と自然・歴史・信仰の三分類を述べ、主題別の節に分けた各話の末尾に話者と、井関敬嗣・薄嘉明ら執筆者の名を記す。