七日七晩血を流した亀甲館
どんな伝承か
青津には昔から大小二つの亀甲館と呼ばれる、亀の形に似た小高い森の丘がある。一名を亀が森ともいい、いつの時代に誰が何のために築いたかは分からない。大亀甲館の周囲は昔から水田に取り囲まれていた。元禄のころ、村の人達が大勢で排水をよくするため、館の中央部を南から北へ掘り下げて堀を作った。するとその日から七日七晩ひきつづき、堀の中を真赤な血が流れ続けたという。村人は驚き、これは亀甲館に住む大きな亀の首筋あたりを切ったためだろうと恐れおののいたと伝えられる。のちに調査され、東北地方にはまれな巨大な前方後円墳として発表され、現在は亀が森古墳として県の重要文化財に指定されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史)
『会津坂下町史 1(民俗編)――伝説』は、会津坂下町の町史民俗編のうち、第二十章「伝説」を収めたものである。高寺山の黄金千杯、佐原・栗村の水田開発、交通路、空也・徳一、神仏、地名、雨ごい、狐、笑い話・逸話、妖怪変化、部落の起源、人物にまつわる町内の伝説を集める。冒頭で伝説の意義と自然・歴史・信仰の三分類を述べ、主題別の節に分けた各話の末尾に話者と、井関敬嗣・薄嘉明ら執筆者の名を記す。