青津の草分け八人衆と馬喰丁
どんな伝承か
青津部落は現在八十四戸を数える大きな部落だが、古老の伝聞によれば、草創当時はわずか八戸の、それぞれ姓の違った人達が寄り集まってできた小さな村であったと伝えられている。青津八人衆の地区は現在馬喰丁といわれる地内の、南北に延びる道路をはさんで、東側に南から加藤・小池・芥川・松本の四戸、西側に宇内・讃岐・江花・白井の四戸がほとんど向かい合って並んでいる。長い年月の間に他に転出した家もあるが、その分家が今も部落内に数戸ずつあり、八人衆の家を本家あるいは一家代と称して、葬式の行列にはたいまつを持って先導する習慣がある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史)
『会津坂下町史 1(民俗編)――伝説』は、会津坂下町の町史民俗編のうち、第二十章「伝説」を収めたものである。高寺山の黄金千杯、佐原・栗村の水田開発、交通路、空也・徳一、神仏、地名、雨ごい、狐、笑い話・逸話、妖怪変化、部落の起源、人物にまつわる町内の伝説を集める。冒頭で伝説の意義と自然・歴史・信仰の三分類を述べ、主題別の節に分けた各話の末尾に話者と、井関敬嗣・薄嘉明ら執筆者の名を記す。