トコロテンから起こった天屋宿場
どんな伝承か
若松城の普請の折、安座部落の肝煎二瓶某が材木を献じ、その運搬のため小道を広げたので交通が便利になり、越後街道は西羽賀から塩坪を通る道からこの地へ移った。松原屋の先祖が片門村の肝煎から分家して今の所に家を建て、休み場を設けてトコロテンを売ったので、人々はテン屋と呼び、それが今の天屋になったという。やがて杉山の一部と満田村の人々が道の北側に移り、南側には入本名の地を引き払った人々が集まった。束松峠東麓の宿場として大発展し、宿屋から染屋・鍛冶屋まで備わった。峠の頂上には二軒の茶屋があり、片門から出た笹島の茶屋は峠のあんころ餅で知られた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史)
『会津坂下町史 1(民俗編)――伝説』は、会津坂下町の町史民俗編のうち、第二十章「伝説」を収めたものである。高寺山の黄金千杯、佐原・栗村の水田開発、交通路、空也・徳一、神仏、地名、雨ごい、狐、笑い話・逸話、妖怪変化、部落の起源、人物にまつわる町内の伝説を集める。冒頭で伝説の意義と自然・歴史・信仰の三分類を述べ、主題別の節に分けた各話の末尾に話者と、井関敬嗣・薄嘉明ら執筆者の名を記す。