十六代続く青津の医者の家
どんな伝承か
青津の斎藤家は、会津藩松平初期のころから代々医者として十六代も続く名家である。系譜によれば先祖に斎藤実盛の名があり、その子孫が慶長三年に上杉景勝の家臣として会津に来て若松材木町に屋敷を与えられ、のち松平藩の初期に青津へ移って医業を開いたという。四代則玄は医術のほか武芸にも長じ、信仰心が厚く、隣村上宇内の薬師堂が荒廃した際には自費で御堂を修復したので、以来代々薬師堂の鍵を預かった。十代養元は藩医となり、門人らが浄泉寺境内に頌徳碑を建てた。十五代養一は東京都内に医院を開き、宮内省の嘱託医を務めた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史)
『会津坂下町史 1(民俗編)――伝説』は、会津坂下町の町史民俗編のうち、第二十章「伝説」を収めたものである。高寺山の黄金千杯、佐原・栗村の水田開発、交通路、空也・徳一、神仏、地名、雨ごい、狐、笑い話・逸話、妖怪変化、部落の起源、人物にまつわる町内の伝説を集める。冒頭で伝説の意義と自然・歴史・信仰の三分類を述べ、主題別の節に分けた各話の末尾に話者と、井関敬嗣・薄嘉明ら執筆者の名を記す。