月輪之庄から移った京出村の来歴
どんな伝承か
京出という村は古く、もとは奥州会津山里組月輪之庄という所にあったが、大同元年の磐梯山の大噴火で猪苗代湖ができたため、惨事をのがれた人々が山を下って会津平野に移り住み、旧村名を名乗ったと伝えられる。当時の京出村は今の村より北東五町ばかりの所にあり、そこには般若田、すうかい壇などの字名が残る。すうかい壇には昔寺があり、耕地整理前までは夫婦壇とも呼ばれる壇の跡が二つ残っていた。近くには雷神様があり、祠の側には何百年も経た一本杉、別名ふくべ杉という古杉があって磐梯山からもよく見えたという。大川には地蔵堂が水害で流されたという地蔵渕がある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史)
『会津坂下町史 1(民俗編)――伝説』は、会津坂下町の町史民俗編のうち、第二十章「伝説」を収めたものである。高寺山の黄金千杯、佐原・栗村の水田開発、交通路、空也・徳一、神仏、地名、雨ごい、狐、笑い話・逸話、妖怪変化、部落の起源、人物にまつわる町内の伝説を集める。冒頭で伝説の意義と自然・歴史・信仰の三分類を述べ、主題別の節に分けた各話の末尾に話者と、井関敬嗣・薄嘉明ら執筆者の名を記す。