片門原で討たれた民政局の役人
どんな伝承か
明治元年の戊辰戦争のあと、若松や坂下に民政局という役所ができた。その若松民政局のえらい役人が、わいろを取ったり旧藩士をいじめたりして千両箱をいくつもためていた。役人は越後の新発田の者で、自分の国へ帰ることになった。常々憎んでいた会津の旧藩士何人かが片門の原に待ち伏せ、午後二時ごろ、かごが片門原の中ほどまで来たところで黒装束の姿を現した。かごかつぎは驚いて洲走から西羽賀道まで逃げ、役人はやりで突き殺されたという。ちょうど午後の野良仕事が始まった時刻で、村人は遠くから見ていたそうである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史)
『会津坂下町史 1(民俗編)――伝説』は、会津坂下町の町史民俗編のうち、第二十章「伝説」を収めたものである。高寺山の黄金千杯、佐原・栗村の水田開発、交通路、空也・徳一、神仏、地名、雨ごい、狐、笑い話・逸話、妖怪変化、部落の起源、人物にまつわる町内の伝説を集める。冒頭で伝説の意義と自然・歴史・信仰の三分類を述べ、主題別の節に分けた各話の末尾に話者と、井関敬嗣・薄嘉明ら執筆者の名を記す。