まん中で食い違った束松トンネル
どんな伝承か
明治十七年に三方道路が完成し、七折峠を改修して平井に出て只見川を越し、藤峠を開いて野沢への新道ができたため、越後街道の束松峠は次第にさびれてきた。これは大変と当地の人々が、明治二十年に峠の頂上の少し下にトンネルを掘り、旅人を呼び戻す策を講じた。ところがそのころの測量技術はまだ幼稚だったとみえ、両側から掘り進んだところ、ちょうどまん中で少し食い違ってしまった。トンネルの長さは百四十間余あり、中の岩石からは海水産の貝の化石が出るという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
会津坂下町史 1(民俗編)――伝説(会津坂下町(編・山口弥一郎ほか)・会津坂下町史)
『会津坂下町史 1(民俗編)――伝説』は、会津坂下町の町史民俗編のうち、第二十章「伝説」を収めたものである。高寺山の黄金千杯、佐原・栗村の水田開発、交通路、空也・徳一、神仏、地名、雨ごい、狐、笑い話・逸話、妖怪変化、部落の起源、人物にまつわる町内の伝説を集める。冒頭で伝説の意義と自然・歴史・信仰の三分類を述べ、主題別の節に分けた各話の末尾に話者と、井関敬嗣・薄嘉明ら執筆者の名を記す。