榛名の座主が討ち死にした座主の森
どんな伝承か
むかし戦があったとき、榛名の座主がこの地で討ち死にしたと伝わり、その場所が座主の森と呼ばれている。近くに住む上野みや子さんの家では、この座主に願をかけ、塩や酒、たばこを断って祈ることもあるという。森の西の竹やぶからは、お姿岩に立てる梵天の竹を切り出し、さらし一反を巻きつけて榛名神社へ納めてきた。いまの座主の森には南北朝時代ごろの板碑が二面とその欠けたもの、石棒などが立ち、石燈籠には安永三年の銘が刻まれている。
原典より
むかし戦争で榛名の座主がこの地で戦死したという。—— 倉渕村の民俗(群馬県民俗調査報告書 第18集)(群馬県民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
倉渕村の民俗(群馬県民俗調査報告書 第18集)(群馬県民俗調査報告書)
『倉渕村の民俗(群馬県民俗調査報告書 第18集)』は、群馬県の民俗調査報告書のうち倉渕村の巻の一部で、章の途中から始まり、地蔵信仰の条の途中で切れている。十二様や便所の神への安産の願い、道祖神、口寄せのアガタ、オサキ使い、山犬様、狐火・光り物・火の柱・人魂の怪異、三隣亡やお百度の俗信を、聞き取った地区の名を添えて記す。続く「四、仏教民俗」では明治十二年の「寺院明細帳」による村内寺院の表を掲げ、観音・薬師・地蔵の信仰を述べる。