家康が名づけた来見寺と布川
どんな伝承か
昔、布川は府川と書き、来見寺は頼継寺と呼ばれていた。慶長九年、鹿島神宮に参詣した徳川家康は、その帰り道にこの寺に泊まった。当時の住職日山は岡崎の生まれで、家康とは筆硯の友であった。旧友に会えた家康はたいそう喜び、自分が来て会えたのだから来見寺と名のるがよいと言い、府川についても絹川にならって布川と書くのがふさわしいと述べた。それ以来、布川・来見寺の名が使われるようになったという。
原典より
慶長九年、徳川家康は鹿島神宮を参詣されたが、その帰途に来見寺に一泊された。—— 利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史)
『利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説』は、利根町が編んだ町史の一巻で、第一章を「民話と伝説」にあてる。町内を歩いて聞き集めた話と『北相馬郡志』などから引いた話を収め、大平権現や布川の地蔵の由来、バッソンの笑い話、大蛇・河童・むじなやキツネに化かされた話、押付新田の鶴殺し事件などを載せる。伝説と昔話に分けず文・布川・文間・東文間の地区ごとに節を立て、各話の題に伝承地を添え、話者名や方言の語釈を注記する。