春日の四殿に隠れて難を逃れた家康
どんな伝承か
徳川家康は大坂城を攻めた際、真田幸村の奇襲に遭い、難を奈良に避けた。家康は漢国神社前の桶屋に身を隠し、さらに春日神社へと逃れた。幸村は一殿・二殿・三殿と社殿に槍を入れたが、比売大神をまつる四殿だけは遠慮して槍を入れなかった。四殿に身をひそめていた家康は、幸村がその場を立ち去ったことで、無事に難を逃れることができたという。
原典より
徳川家康が大阪城を攻めたとき真田幸村の奇襲に会い、難を奈良に避けた。—— 奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奈良市史 民俗編――伝説(奈良市(編)・奈良市史)
『奈良市史 民俗編――伝説』は、自治体史『奈良市史』民俗編のうち、第十一章「伝説」と巻末の「民俗資料」の冒頭を収めたものである。昭和三十七年から三か年にわたり市内各町の自治会長や古老、社寺を訪ねて集めた伝説に文献の伝えを加え、春日大社・東大寺・興福寺などの社寺や、吉備真備・俊寛・中将姫らゆかりの人物にまつわる話を収める。木・石・塚・水・山・森・社寺・人物・動植物・町名の十節に分け、一話ごとに題を立てて記す。