一茶の友・古田月船の無縁墓
どんな伝承か
小林一茶と親しく交わった俳人古田月船の墓が、羽中の応順寺にある。柳田國男は月船を布川の問屋の隠居だったろうと推し量ったが、それを裏づける資料はまだ見つかっていない。墓には月夜の花見をうたった月船の句が刻まれ、辞世は八十一年の暮らしを飯と汁にたとえた句だったと語り継がれている。月船は天保八年の正月二十日に八十一歳で世を去り、取手の歌人沢近嶺が最期を看取った。墓は無縁墓で、子がいなかったのかもしれない。守谷の薬師堂の句額には一茶の句と並んで、親と子をうたった月船の句が掛かっている。
原典より
月船は天保八年(一八三七)正月二〇日、八一歳で亡くなった。—— 利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史)
『利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説』は、利根町が編んだ町史の一巻で、第一章を「民話と伝説」にあてる。町内を歩いて聞き集めた話と『北相馬郡志』などから引いた話を収め、大平権現や布川の地蔵の由来、バッソンの笑い話、大蛇・河童・むじなやキツネに化かされた話、押付新田の鶴殺し事件などを載せる。伝説と昔話に分けず文・布川・文間・東文間の地区ごとに節を立て、各話の題に伝承地を添え、話者名や方言の語釈を注記する。