十二塚・がき塚
どんな伝承か
草加市柿木の地内、千疋(越谷市)との境の上耕地の中に、十二塚と呼ばれる一二の小塚があった。遠く戦国時代にこのあたりで戦死した者を葬った墓であろうと言われてきたが、今は跡形もなくなってしまい、そうした伝えも消えてしまっている。また、その付近には江戸時代の耕地名として「がき塚」というものも見られるが、こちらも今は田となってしまっているうえ、由来についての伝承も絶えてしまっているという。
原典より
柿木地内の千疋(越谷市)との境の上耕地の中に「十二塚」と呼ばれていた、一二の小塚があった。—— 草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
草加市史 民俗編――伝説(草加市(編)・草加市史)
『草加市史 民俗編――伝説』は、草加市が編んだ市史民俗編のうち、伝説の章である。柿木や青柳など市内各町の地名の由来、塚、毛長神社や弁才天などの神々、疣地蔵・火あぶり地蔵などの地蔵・薬師・観音、旅の僧、狐・むじな・狸・雷獣といった動物や妖怪の伝えを、『新編武蔵風土記稿』や縁起碑、土地の人からの聞き書きによって記す。地名起源から動物・妖怪まで九つの節に分け、聞き書きの話には町名と話者の頭文字・生年を添える。