沼の底に赤い鳥居が見える無量寺
どんな伝承か
中谷は江戸時代の初めに立木の人々が中心になって開いた土地で、住民の多くは立木の円明寺の檀家だった。寛文三年に新利根川が掘られ、寺へ行くには大きな川を越えねばならなくなったため、寛文六年に円明寺の無量院を中谷へ移して建てたのが無量寺である。本尊の阿弥陀如来像も円明寺から移したが、戦後に焼けてしまった。周りの竹やぶにすむきせる貝は、焼いて食べさせると子供のかんに効くという。寺のそばの無量寺沼は堤の切れ所にできた沼で、真ん中まで泳いで潜ると水の底に赤い鳥居が見えるといわれる。
原典より
真ん中まで泳いでいって水にもぐると赤い鳥居がみえるそうだ。—— 利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史)
『利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説』は、利根町が編んだ町史の一巻で、第一章を「民話と伝説」にあてる。町内を歩いて聞き集めた話と『北相馬郡志』などから引いた話を収め、大平権現や布川の地蔵の由来、バッソンの笑い話、大蛇・河童・むじなやキツネに化かされた話、押付新田の鶴殺し事件などを載せる。伝説と昔話に分けず文・布川・文間・東文間の地区ごとに節を立て、各話の題に伝承地を添え、話者名や方言の語釈を注記する。