鉾の紙を大神宮へ持参する長砂の系図祭り
どんな伝承か
長砂では永井・柴田・川又の三つの姓がそれぞれ系図祭りを営み、柴田姓はこれを柴田祭りとも呼んだ。長砂の横道に住む飛田姓にも同じ祭りがあった。祭日は永井姓が旧三月一日、柴田姓が旧六月一日、川又姓が旧十一月一日である。前日までに大豆三升と米一升を集め、当日はヤドの主人が近所の仲間を一人頼んで村松の大神宮へ出向き、祈禱を受けてお札をいただいた。その折にタカジョウ紙を二十枚ほど持参し、それをヤンサマチの鉾に付けた。昼は子どもたちがヤドで甘酒を飲み、夜は大人が甘酒のあとに辛酒を酌んだ。今の永井姓では十七戸を四組に分け、毎年一組が大神宮で祈禱を受けるだけになっている。
原典より
祭りの当日、ヤドの主人がその近所の仲間一人を頼んで、村松の大神宮までいって祈禱してもらう。—— 勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史)
『勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神』は、勝田市の市史の民俗編のうち、「信仰生活」の部の一部である。鎮守祭礼の移り変わりに続いて、屋敷神や同姓の家々で祀るウジガミと系図祭り、カマド神やエビス・大黒などの屋内の神々、病気や安産の祈願を集める小祠を、市域のムラでの調査と聞き取りによって記す。後半では流行神として上高場の六地蔵、腹切り佐七、塚信仰、東石川大島の無縁様を取り上げ、その由来と信仰の広がりをたどる。