木名瀬姓・売った土地に残る稲荷
どんな伝承か
上高場の木名瀬姓では、本家の裏手にある竹山に、氏神として稲荷神社を祀っていた。明治十年代に本家がこの竹山を別の姓の者に売ると、買い手はまわりを畑に変えてしまったが、祠にだけは手をつけずに残した。古い屋敷地はいったん人手に渡ったものの、のちに本家が買い戻している。第二次世界大戦のころからは、常会全体でこの神を祀るようになったという。よその姓の土地になっても氏神は動かされず、祭りも絶えなかったことから、氏神が土地と固く結びついていたことを示す例とされる。
原典より
明治一○年代にホンタクが竹山を○姓の者に売ったが、この土地を買った人は周囲を畑にしてしまったけれども、祠はそのままにしておいた。—— 勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史)
『勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神』は、勝田市の市史の民俗編のうち、「信仰生活」の部の一部である。鎮守祭礼の移り変わりに続いて、屋敷神や同姓の家々で祀るウジガミと系図祭り、カマド神やエビス・大黒などの屋内の神々、病気や安産の祈願を集める小祠を、市域のムラでの調査と聞き取りによって記す。後半では流行神として上高場の六地蔵、腹切り佐七、塚信仰、東石川大島の無縁様を取り上げ、その由来と信仰の広がりをたどる。