伊勢まで流れたという虫送りの人形
どんな伝承か
長牧では七月土用の三日目、つまり土用三郎に虫送りをすることが明治四十年頃まであった。夕方から篝を焚き、笛・太鼓・鐘(円光寺の鐘を外し、吊って歩いた)でトンモ道を大字境まで練り歩き、終わってから宮で一杯飲んだ。この行事がなくなってからも、土用三郎には宮で酒だけは飲んだ。「虫送りをしたワラ人形が伊勢の白子まで流れていった」という話もあった。この人形をオカンカというとのことだが、長牧では実際に作ったり見たりした人はいないようである。
原典より
"虫送りをしたワラ人形が伊勢の白子まで流れていった”という話もあった。—— 大治町民俗誌 下――霊と神・怪異・俗信(大治町(編)・大治町民俗誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大治町民俗誌 下――霊と神・怪異・俗信(大治町(編)・大治町民俗誌)
『大治町民俗誌 下――霊と神・怪異・俗信』は、名古屋に接する尾張の大治町の民俗誌の下巻から、信仰にかかわる節を収めたものである。辻の地蔵や秋葉・津島の小祠、荒神・井戸神などムラとイエの神、天王祭り・虫送り・雨乞いなどの祈願、キツネツキ・タヌキ・天狗の神隠し・火の玉・ナンドババアの怪異を、大字ごとの聞き書きで記す。第五節から第九節までで、予兆・禁忌・まじない・民間療法を挙げる俗信の節と、高度経済成長後の信仰の変化を述べる節で終わる。