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日本に三体という福永寺の毘沙門天

所在地茨城県取手市小文間(福永寺)
年代貞享四
登場左甚五郎、稲田嘉兵衛愛永、菅野源左衛門、尺二寸弘法大師、毘沙門天を作ったと伝える工匠、毘沙門天の作者(法橋)、福永寺の世話人
出典相馬伝説集

どんな伝承か

取手市小文間の福永寺にある毘沙門天は、相馬霊場六十三番札所のかたわらに祀られている。左甚五郎の手になるものとも、貞享四年正月六日に法橋稲田嘉兵衛愛永が桐の一本木から彫ったものともいい、高さは一丈三尺、日本に三体しかないと伝わる。あとの二体は京都の某寺と遠江秋葉山の油山寺にあるという。福永寺は平安時代の創立で昔は今より大きな寺であったが、三度の火災で什物をことごとく失った。文久元年に世話人が本寺の布川徳満寺へ差し出した記録には、不動尊や弘法大師像、大般若経六百巻など多くの品を本寺へ納めたことが残されている。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))

『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。

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