城の内と呼ぶ井野の本多作左衛門宅址
どんな伝承か
取手市井野(旧井野村)に本多作左衛門の屋敷跡があり、今も城の内と呼ばれている。房総治乱記に天正十八年、下総の井戸に本多作左衛門三千石とあるのは井野の誤りであろうという。地理志料は井野村に本多重次の墓があること、重次が鬼作左の名で知られ、豊臣秀吉の東征のときに退いて隠居し、ここで没して青柳の本源寺に葬られたことを記している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。