常胤伝来の守本尊を祀った小堀の常円寺
どんな伝承か
取手市小堀の常円寺は文禄元年の建立とされ、常円という人が開いたのでその名を寺号とした。本尊は千葉介常胤の守本尊と伝える。天正十八年、小田原の北条氏が滅び佐倉城も落ちたとき、病床の重胤は家臣の椎名右京亮に、この尊像は遠祖常胤以来の守本尊で数々の戦で危難を免れてきたものだから、自分の死後はどこかに一宇を建てて国家安全の守護とせよと遺言して世を去った。右京亮は黒染の衣に身をやつし、常円と名を改めて諸国を巡礼し、相馬郡岡村に庵を結んだ。疫病が流行したとき尊像の霊験を告げると参詣者が集まり、鎮守も寺もない新開地だった小堀の人々の願いで明暦元年にこの地に一宇を建てた。以来、疾病や水難に霊験があるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。