八歳で男児を産んだ藤代の娘とや
どんな伝承か
下総藤代、今の相馬町藤代の百姓嘉右衛門の長女とやは、文化二年丑年の生まれで、生い立ちは肥大し、四、五歳の頃から月経を見た。両親は病と思って薬を用いさせたが、七歳の暮に月経はぱたりと止まり、八歳の四月頃から腹が次第に大きくなった。医師に診せると病ではなく妊娠だという。文化九年九月三日の夜、とやは玉のような男子を産み、久太郎と名づけた。肉づきよく色白の子を一目見ようと近国近在から見物人が日々群れをなしたが、領主土屋侯へ御目見得した帰りの夜から久太郎は目が見えなくなり、盲目のまま二十一歳で病没したと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。