神輿渡御の席次争いで出訴した八坂神社
どんな伝承か
取手市宮和田の八坂神社は今は相馬神社と改められ、素盞嗚尊を祀る。元享元年六月の創建で寛文十三年六月一日に改築されたといい、古くから宮和田の鎮守として六月十五日から十七日まで祭礼を行ってきた。ある年、領主の逝去のため祭りを八月に延期したことがあり、そのとき神輿の渡御をめぐって霊代を宮に納める役の順序で争いが起こり、ついに領主へ出訴するに至った。裁定では、六月十五日の祭典については旧名主の横瀬・寺田の両家が三年ごとに交代で上席を占めるのが慣例とされた。慶応三年九月二十九日の棟札には、天下泰平・国土安穏・郷中安全を祈って牛頭天王を遷宮した旨が記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。