取手本陣染野家の水戸烈公和歌碑
どんな伝承か
取手には染野氏という旧家があり、徳川幕府の時代には本陣として水戸街道を往来する諸大名の宿所であった。水戸烈公がこの家に泊まった折、自ら筆をとって感慨を歌に詠み、それを石に刻んで庭内に碑を建てたと伝える。歌は、目ざす方角へ渡し舟を漕いでゆけば思う所へ早く着いた、という趣のものである。家屋は当時のままで庭園も残り、碑のそばには小さな祠がある。この本陣は染野民部の後裔の旧家で、歌のとおり眼下に利根の渡し(取手の渡し)を見おろし、雲の端に富士を望む景色はたとえようもない。烈公が滝の図の上に筆を染めた書も表装して家宝としており、山姫の衣を晒すような夏の白い景色を詠んだ歌も伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。