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大鹿山弘経寺の由緒

所在地茨城県取手市大鹿(弘経寺)
年代伝承
登場嘆譽良肇、大鹿左衛門、徳川家康、開山、檀主・大鹿城主、寺田三十石を授けた
出典相馬伝説集

どんな伝承か

取手市大鹿の弘経寺は創建の時期がはっきりしないが、中興開山がいたことは明らかだという。浄土宗で京都知恩院に属し、天正十九年に寺領三十石を与えられた。『下総旧事考』の由緒では、応永年間(原典は廣永)に嘆誉良肇が開いたとし、良肇は先に岡田郡飯沼村の弘経寺を創め、さらに一寺をここに構えて弘経寺と名づけた、城主の大鹿左衛門が檀主であったとする。徳川家康が遊猟の途中に立ち寄って寺田三十石を授け、数代のちに僧正を出したとも伝える。『利根川図志』や『常総軍記』は大鹿山弘経寺を飯沼弘経寺の隠居所とし、結城にも同名の寺があると記す。一方で承久元年の創立だとも伝えられている。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))

『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。

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