将門の守本尊を祀る長禅寺の百観音堂
どんな伝承か
取手の長禅寺境内の百観音堂は、宝暦年間に光音禅師が建てた観音堂である。本尊の十一面観音は仏師安阿弥の作で、平将門の守り本尊と伝えられ、将門の死後は御厨三郎義房の孫綾部時平が受け継いだ。時平が筑前博多の合戦で命を落としかけた時、観音の名を唱えると懐から光が八方に輝いて敵の目がくらみ、その隙に敵を斬り伏せたという。子のない時平が観音に三七日の願をかけると、満願の夜に尊像が現れて夫妻の眉間を射るように光り、やがて男子が生まれて平内左衛門と名づけた。時平は堂を建てて像を安置し、長禅寺を再興して別当とした。のちに光音禅師が秩父・坂東の霊像を合わせ祀って百観音とし、三層の堂は地方に稀な壮麗さだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。