運慶作と伝わる三仏を祀る龍禅寺三仏堂
どんな伝承か
龍禅寺境内の三仏堂は、醍醐天皇の延長二年に停誉大阿闍梨が創建したという。本尊は仏師運慶の真作と伝える阿弥陀・釈迦・弥勒の一木三体の像で、世に三仏堂と呼ばれる。相馬将門の守り本尊として篤く崇敬され、将門は堂を修理し山門も造ったが、将門が誅されたのちは公儀をはばかって荒れ果てた。建長三年に源頼朝(原典のまま)がこれを憂え、国司千葉介常胤に命じて修理させて旧観に復し、慶長年間には徳川家康から寺田の寄進を受けて修理料に充てた。維新後は上地で維持の方法を失ったが、明治二十一年に内務省の古社寺保存の趣旨で百円を下賜され、三仏堂保存会が組織された。堂は千年来水火の災に遭わず古色を留めている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。