八幡の神体となった大日如来
どんな伝承か
湖北村の字芝原では、八幡様の御神体を毎年順番に家々で預かって祀るならわしがある。祭礼には八幡念仏が唱えられて回るというが、その御神体である金仏は、実は八幡の神体ではないという。昔、川村出羽守が菩提寺の田寺、すなわち法岩院へ自分の守り本尊であった大日如来の仏像を納めたもので、仏像の裏には天文二年奉納と記されている。大日如来の像がいつのまにか八幡の神体になっているのは不思議なことだ、と記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。