布佐西方の水戸街道一里塚
どんな伝承か
布佐町から西へ十二町ほどの場所に一里塚がある。ここは昔の水戸街道で、我孫子から布佐、布川へと抜ける道筋だった。慶長九年、徳川家康が諸大名の江戸への出仕を定めた折に諸国へ命じて築かせたのが一里塚で、村人はその塚の上に木を植えたり石塔を立てたりして道しるべにした、と『利根川図志』が伝えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。