觀音堂
広告枠(AdSense)
どんな伝承か
利根川流域の観音堂に関する伝説。一説では聖武天皇の時代に僧侶の行基が東国巡行中に十七日間の修行を積み、丈一尺五寸三分の観音像を彫刻したとされる。その後、平将門が醍醐天皇の時代にこの像に祈願して武運長久を願ったという伝承がある。また別説では将門の守本尊を祀ったともいわれており、複数の由来説が伝わっている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・大正)
大正十一年、寺田喜久(狂花)が編んだ『相馬伝説集』。茨城・千葉にまたがる旧相馬郡(利根川流域=小文間・守谷・布川・布佐・藤代・横須賀など)の名勝・旧蹟・伝説を、△印で項目立てして地誌的に網羅する。最大の主役は平将門で、守谷町の朝日御殿・桔梗塚・佛島・日秀の石井戸など将門伝説群、その妾とされる桔梗の前の伝説を収める。
種別から探す
我孫子市の伝承
広告枠(AdSense)