佐竹義宣御手植の楓
どんな伝承か
東葛飾郡湖北村、沖右衛門の家の庭先に、千年も経ったという大きな楓樹がある。この楓は昔、常陸太田の城主佐竹義宣が植えたものだと伝えている。当主は川村沖右衛門といい、当家は中峠城主川村出羽守の後裔である。天正年中には小田原北条の麾下であったが、それは柴崎城主荒木三河守とともに根戸で北条に破られてからのことで、その前は佐竹氏の旗下であった。その縁故で佐竹氏が中峠城へ来たときに植えたのがこの楓であり、廃城になったとき、その楓をこの家へ移したものが今ある楓樹だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。