将門の祈願所と伝える柴崎神社
どんな伝承か
柴崎にある柴崎神社は天御中主大神を主神とし、相殿に素盞鳴尊と稲魂命を祀る。創立は古くて詳らかでないが、相馬将門の祈願所として崇められたというから、それ以前からあったに違いない。もとは妙見社で、平氏の氏神として相馬重胤が奥州相馬に分社したことも明らかだという。柴崎城主の荒木氏は衰えていた社を修繕して拝殿を改築し、刀一振を献じて武運長久を祈った。のちに徳川旗本となった甲斐武田の旧臣鹿野伝右衛門が寛文十二年に柴崎の地を領すると、由緒を聞いて川中島の戦功の品を納め、親見弥一郎正徳も弓を献じた。天保十三年に正一位稲荷大明神の神号を賜り、明治四年に北星社、同十三年に柴崎神社と改称した村社である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。