木內惣五郎直訴文
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どんな伝承か
佐倉の義民として知られる木内惣五郎の直訴文の副本を、我孫子町大字岡発戸の岡田安太郎氏が所蔵している。岡田家は天領の名主であるのに、なぜ惣五郎の直訴文の副本があるのかと訪ねると、当主はこう語った。相馬郡小泉村の名主と名主同士の付き合いがあり、六名の名主が直訴文を認める場所がなかなかなかった。岡田家は天領であるうえ同志の意中を察して黙っていたので、小泉村の宇十郎が外の五人をこの家に引き入れて秘密に相談したのだという。やがて六人は佐倉領の久右衛門方へお預けとなった。世に三代将軍正保元年十二月とするのは誤りで、直訴状には承応二年癸巳十二月とあり、この副本にもその通り記されていると当主は言う。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・大正)
大正十一年、寺田喜久(狂花)が編んだ『相馬伝説集』。茨城・千葉にまたがる旧相馬郡(利根川流域=小文間・守谷・布川・布佐・藤代・横須賀など)の名勝・旧蹟・伝説を、△印で項目立てして地誌的に網羅する。最大の主役は平将門で、守谷町の朝日御殿・桔梗塚・佛島・日秀の石井戸など将門伝説群、その妾とされる桔梗の前の伝説を収める。
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我孫子市の伝承
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