義家の旗竿が根づいた旌桜寺の桜
どんな伝承か
瑞竜町は、もとは随留と書いた。延宝五年に徳川光圀が武田万千代の墓を那珂郡向山から移したとき、白蛇が現れたのを吉兆とみて、延宝七年に瑞竜と改めたと伝わる。この町の花ノ木にある旌桜寺の境内には、普通の桜と違って三月に花をつけ、旗のような姿をした古桜が二株あった。昔、源義家が奥州の賊を討って凱旋する途中、ここに陣を置いて兵馬を休ませ、出発の際に旗竿を置いていった。その竿が地中に根を下ろし、翌年の三月に桜の花を咲かせ、いまの大木になったという。
原典より
その竿が地に入り根を出し、翌年の三月に桜の花が咲いたという。—— 常陸太田市史 民俗編――伝説(常陸太田市(編)・常陸太田市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
常陸太田市史 民俗編――伝説(常陸太田市(編)・常陸太田市史)
『常陸太田市史 民俗編――伝説』は、常陸太田市の市史民俗編のうち、第五章「ことばの伝承」の伝説と昔ばなしの部分である。第一節「伝説」は市域の伝説を自然的伝説・社会的伝説・歴史的人物伝説・信仰的伝説の四つに分け、国見山・赤沼・源太郎狐・十王坂・舞鶴城・義家・親鸞・徳川光圀・真弓山の天狗などの話を記す。社会的伝説には地名のいわれや塚・城跡の伝承が多く、第二節「昔ばなし」は冒頭の三話だけを収める。