日差城のとのやしきと釣鐘(かないば)
どんな伝承か
関氏が新野で築いた「日差城」のあったところを「とのやしき」という。関様が瑞光院に寄進した田は「仏供田」と呼ばれる。また関様が瑞光院を建てたあと、釣り鐘を作ることになり、職人は伊勢から連れて来て、村中の人が金や銅、かんざしまでも出し合って鐘を作ったという。その作った場所を「かないば」という。関氏にちなんで日差城の周辺に伝わる地名には、このほかに「ほうき田」「いちば」「にぐら」などがある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新野民俗誌稿――長野県下伊那郡阿南町(口頭伝承)(湯田朝子(第十五章「口頭伝承」))
『新野民俗誌稿――長野県下伊那郡阿南町(口頭伝承)』は、阿南町新野の民俗誌稿のうち、湯田朝子がまとめた第十五章「口頭伝承」の報告である。昭和五十三年一月に新野の古老五人から採話した昔話・伝説・ことわざ・なぞを収め、昔話には日本昔話名彙・日本昔話集成の話型を注し、伝説は信仰的・歴史的・文芸的の三つに分けて話者の名と生年を添える。昔話の語り始めと語り納めの形式や語りの場の変化も記し、ことわざとなぞで結ぶ。