朝倉山の怪
広告枠(AdSense)
どんな伝承か
早川純夫『日本の妖怪』より朝倉山の怪。斉明天皇(皇極帝)は百済救援のため自ら軍を率いて九州へ下り、筑紫の朝倉山に陣を敷いた。その際、土地に根強く残る祖霊信仰を無視して社の樹木を伐らせ仮宮殿を造営させた。すると将兵の間に疫病が流行して死者が続出し、夜ごと青白い鬼火がいくつも飛び交い、巷には不気味な童謡が流行った。斉明七年七月、帝自身も病を得てこの地で崩御する。その葬儀の日、朝倉山の山頂に笠をかぶった巨大な鬼が現れ、腰をおろして葬儀の様子をじっと眺めていたと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・昭和)
早川純夫『日本の妖怪』。神話時代から江戸まで、日本の妖怪と妖異を歴史の流れに沿って描く。
種別から探す
朝倉市の伝承
広告枠(AdSense)