義家が白旗を掛けた旗掛桜
どんな伝承か
永保三年六月、陸奥へ下る源義家が数千の兵を率いてこの地に至り、八幡宮に参って武運長久を祈ったという。これが勝泉院の境内にある白旗八幡宮である。そのとき義家が白旗を傍らの桜の木に掛けたことが旗掛桜の名のもとで、桜はすでに枯れ、跡には記念碑が建っている。また承安四年には、金売吉次に伴われ、藤原秀衡を頼って陸奥へ向かう牛若丸が、この社に参ったとも伝わる。
原典より
そのとき白旗をかたわらの桜樹にかけたというのが旗掛桜の由来である。—— 栃木市史 民俗編――伝説・民話(栃木市(編)・栃木市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
栃木市史 民俗編――伝説・民話(栃木市(編)・栃木市史)
『栃木市史 民俗編――伝説・民話』は、市史民俗編の第九章「言語伝承」のうち「伝説・民話」と「木遣り」の二節である。芝塚山の太刀割り石、有馬皇子とこのしろ、源義家や弘法大師にまつわる地名伝説、狐の嫁入りやむじなの怪、あづきっとぎなど、市内に伝わる伝説・民話と昔の子供の思い出を収める。前半の十一話には末尾に原話者(一部は採話者も)の名を記し、節の終わりに鳶の木遣りと田歌の詞章を載せる。