石合戦の談判に飛び込んだ稲荷
どんな伝承か
勝山城の信心深い家老が鬼怒川べりに祀っていた稲荷は、城が荒れたのちに大水で流され、三本杉に流れ着いた。ずっと後、上阿久津と隣の下ヶ橋村の若者たちは、河原をはさんで石を投げ合う石合戦を毎年の行事にしていた。ある年は日暮れまで勝負がつかず、両村の代表が三本杉の下で談判することになり、上阿久津からは安行院という坊さまが出た。話し合いのさなか、何かが安行院の袈裟へさっと飛び込み、懐をのぞくと近くの稲荷の御神体が入っていた。皆驚いて談判どころではなくなった。安行院は御神体を自分の寺の東円寺の裏に移し、願いがよくかなうと参詣人が押し寄せて社が建ち、今の与作稲荷神社になったという。
原典より
安行院が着てだ袈裟ん中さ、何かがサーッと飛び込んだんだど。—— 氏家町史 民俗編――伝説・昔話(氏家町(編)・氏家町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
氏家町史 民俗編――伝説・昔話(氏家町(編)・氏家町史)
『氏家町史 民俗編――伝説・昔話』は、氏家町の町史民俗編のうち、第五章「くらしと言語」の第一節「伝説・昔話」と第二節「ことわざ、俗言」の初めを収めたものである。昭和七年版『氏家郷土誌』の数編と町史編さん室などが集めた話から選んだ二十七話を土地の方言の語りに直して載せ、勝山城にまつわる歴史伝説や地蔵の信仰伝説が多い。各話の末に方言を主とする語注を付け、ことわざの節では日常に使われた俗言を頭の音(あ・い・う)ごとに並べる。