封を切られた大師の犬の絵
どんな伝承か
昔、弘法大師が四国を巡錫していたとき、伊予松山在のある百姓が、大師に宿を貸して心をこめてもてなした。大師はいたく喜び、お礼に望みを一つかなえてやろうと言った。百姓は、山に近いこの土地では夜になると野猪が出て田畑を荒らすので、それを封じてほしいと頼んだ。大師は紙に何かを書いて厳封し、それを田畑に立てておけば野猪の害は止むが、決して封じ目を切ってはならないと戒めて村を去った。言葉どおり野猪は来なくなったが、あまりの不思議さについ封じ目を切ってみると、中には一匹の犬が描かれているだけだったのに、それがたちまち紙から抜け出し、犬神の起源になったのだという。
原典より
あまりに不思議なのでつい紙の封じ目を切って見ると、ただ一匹の犬が描いてあるだけだったが、それがたちまち紙から抜け出して犬神の起源になったと(郷土趣味一一号)。—— 日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))
『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。