高畑神明社の御神体
どんな伝承か
北名古屋市九之坪高畑にある高畑神明社の御神体は、明治元年(1868)に入鹿池の堤防が決壊した際、上流から流れてきたものを、ムラの人々が拾い上げて祀ったのが始まりと伝えられている。遷座式に立ち会った人の話によれば、御神体の実体は一個の石であったという。水害という思いがけない出来事がそのまま氏神の由来として結びつき、今も土地の人々の間で語り継がれている。
原典より
高畑神社の御神体は、明治元年に入鹿池の堤防が決壊したとき、上流から流れてきたのを、ムラびとが拾いあげて祀ったものだという。—— 西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史)
『西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異』は、西春町が編んだ町史の民俗編である。九之坪・岡・沖村・石橋など町内の各ムラに残る御嶽山や塚、堂、小祠、石塔、家の神、祈禱師、祈願と参詣、霊威と祟り、狐や狸の怪異と憑きものを、聞き書きと『徇行記』や村絵図などの記録から記す。霊と神、祈願と参詣、霊威と怪異の三節に続けて、第十二章の伝説の節を大字ごとの十九項に分けて並べ、五条川の大蛇の目撃談で結ぶ。